DRAKE

Drake

Drake
本名:Aubrey Drake Graham(オーブリー・ドレーク・グラハム)
生年月日:1986年10月24日生まれ(28歳)

Drake(ドレーク)の名前で活動しているカナダ人の歌手、ラッパー、シンガーソングライターである。カナダ、オンタリオ州のトロント出身。TVドラマシリーズの「Degrassi: The Next Generation(デグラッシ;ザ・ネクスト・ジェネレーション)」のJimmy Brooks(ジミー・ブルックス)役で一躍有名に。この後、ラッパーとしての活動も開始し、2009年6月にLil Wayne(リル・ウェイン)のレーベルYoung Money Entertainment(ヤング・マニー・エンターテイメント)と契約を結ぶ前までに、「Room for Improvement(ルーム・フォー・インプルーブメント)」等の自主制作レコードを複数枚発表している。

 

ドレークの2009年のEP版「 So Far Gone (ソー・ファー・ゴーン)」は、ヒットを記録したシングル「Best I Ever Had(ベスト・アイ・エバー・ハド)」と「Successful(サクセスフル)」が収録されている。自身初となる2010年のスタジオ収録アルバム 「Thank Me Later (サンク・ミー・レイター)」は、初登場第一週目に、全米ビルボードアルバムチャート第1位を獲得。収録曲でシングルカットされた「Over(オーバー)」と「Find Your Love(ファインド・ユア・ラブ)」も、それぞれヒットを記録した。アルバムは、全米レコード協会(RIAA)より、プラチナレコード(25万枚売上達成)の認定を受けている。続く2011年に発表された 2ndアルバムの「Take Care(テイク・ケア)」には、全米、カナダ国内でヒットしたシングルの「Headline(ヘッドライン)」、「Take Care」、「Make Me Proud(メイク・ミー・プラウド)」、「The Motto(ザ・モットー)」等が収録されている。中でも、「The Motto」で使われた頭時語のYOLO(=you only live once、一度きりの人生)は、この曲のヒットで世間一般でも広く使われだすようになった。アルバムプロモーションのため開催されたClub Paradise (クラブ・パラダイス)ツアーは、4200万ドルという興行収入を獲得。これは2012年に行われたヒップホップツアーの中で最大の記録である。

3rdアルバムの「Nothing Was the Same(ナッシン・ワズ・ザ・セイム)」は、2013年の9月にリリースされ、「Started from the Bottom(スターテッド・フロム・ザ・ボトム)」、「Hold On, We’re Going Home(ホールドン,ウィアゴーイングホーム)」といったシングルが収録されている。

 

ドレークは世界各国で、のべ500万枚以上のアルバムセールスを誇っており、グラミー賞受賞、3回のジュノ・アウォード、6回のBETアウォード、複数回のビルボードチャート首位獲得を果たしている。12曲ものシングルで、1位を獲得したドレークは、ビルボードのラップ部門では他のアーティストの追随を許していない。ビルボードのR&B/ヒップホップ部門においても、10曲のシングルがNo.1を獲得しており、これは2012年8月にJay-Zがそれまで持っていたビルボードの記録を塗り替えている。また、ビルボードチャートの3部門のチャートNo.1 を同時に獲得した記録を持つアーティストのひとりである(もうひとりの記録保持者は50 Cent)

 

ドレークは、C.Papi(C.パピ)という別名でプロデューサー業も行っており、現在までに手掛けたアーティストの中には、Alicia Keys(アリシア・キース)(アルバム「Un-Thinkable(アン・スィンカブル)」収録曲”I’m Ready(アイム・レディ)”)、 Rita Ora(リタ・オーラ のシングル”R.I.P.”), Jamie Foxx(ジェイミー・フォックス)、 Trey Songz(トレイ・ソングス)がいる。映画「Ice Age: Continental Drift (アイス・エイジ4)」では、マンモスのイーサン役で声優として出演も果たしている。2012年のMTVビデオミュージックアウォードでは、Rihanna(リアーナ)と並んで最多ノミネートを達成。2012年のMTVの最もクールなMCランキングで第2位に、放送局メディアベース内の、2012年No.1リズミック・アーティストに見事選出されている。

 

Life and career

1986–2005: Early life and acting career

Aubrey Drake Graham(オーブリー・ドレーク・グラハム)はカナダ、オンタリオ州トロントで編集者の母Sandi Graham(サンディ・グラハム)と、父でドラマーのDennis Graham(デニス・グラハム)の下に生まれる。 おじのLarry Graham (ラリー・グラハム)と Teenie Hodges(テリー・ホッジス)もミュージシャンである。父デニスは、テネシー州メンフィス出身のアフロ・アメリカンで、母サンディはユダヤ系カナダ人である。ドレークはユダヤ系の学校に通い、13歳でユダヤ教の成人式バル・ミツバーを経験している。両親が、5歳の時に離婚。この後は、トロント近郊の町で母と暮らした。少年期、ドレークはウエストレッドウィングスというマイナーホッケーチームに参加していた。彼自身は当時の母の苦労を振り返り、「当時彼女はなんとか、家族によくしたいと頑張っていたよ。ふたりが十分に暮らせるようにと一軒家を借りたんだけれど、この家は他人とのシェアだったんだ。僕たちは下の階と使っていたんだけれど、僕自身は地下を使って、母は一階を使っていた。全然広くないし、豪華でもないんだけれど、その当時はそれが精一杯だったんだよね。」この後、彼はForest Hill Collegiate Institute(フォレストヒル・カレジエートインスティテュート)で演技の勉強を始めるが、卒業することなくこれを辞め、 (ボーガン・ロード・アカデミー)に入学し直している。最初の高校を指して、のちに「あらゆる意味で通うのに大変な学校だったよ。本当に辛かった。」と語っている。一度高校を退学したが、2012年10月には卒業資格を獲得した。

 

15歳で、父の高校時代の友人だったあるエージェントに出会う。エージェントはTVドラマシリー「Degrassi: The Next Generation(デグラッシ:ザ・ネクスト・ジェネレーション)」の Jimmy Brooks(ジミー・ブルックス)役に彼を推挙。劇中、ドレークはバスケットボールのスター選手だったにも関わらず、クラスメートに撃たれて、ハンディキャップを抱えるという役どころを演じた。ドレークは、こうした初期の演劇キャリアがいかに彼ら家族に影響を与えたか振り返ると、「母はとても具合が悪かったし、僕たち家族は、本当にお金がなかった。TV出演でもらえるお金だけが、家族の収入源で、貧乏な一家にはそれも十分じゃなかった。1シーズン出演して、出演料が一般教師の収入より低かった。その程度だったんだ。どうにかしてもっと稼がなきゃなんなかった。」と語っている。彼は2009年まで「Degrassi: The Next Generation」に出演、Jimmyが劇中で卒業シーンを迎えるまで、トータルで全138話に出演を果たした。

 

2006–09: Mixtapes and So Far Gone

2006年、ドレークは自主制作レコードの「Room For Improvement(ルーム・フォー・インプルーブメント)」を制作。この自主制作テープの中で、アーティストTrey Songz(トレイ・ソングス)、 Lupe Fiasco(ループ・フィアスコ)がフィーチャーされている。彼は自身の作品を指して「分かりやすく、ラジオ向きで、曲数としてはそれほどない」造りになっているとコメントしている。当時のティーン・ニック(ケーブルTVのチャンネル)のインタビューで、ドレークは、ラッパーとしてJay-Z(ジェイ・ジー)、 Clipse(クリプス), Talib Kweli(タリブ・クェリ), Mos Def(モス・デフ)といったアーティストから、シンガーとしてはAnthony Hamilton(アンソニー・ハミルトン)やMaxwell(マックスウェル)といったアーティストから影響を受けていることを明かしている。2007年には 新たな自主制作レコード「Comeback Season(カムバック・シーズン)」を発表。収録曲の「Replacement Girl(リプレイスメント・ガール)」は楽曲とそのミュージックビデオをTrey Songzと共に制作する。この年、ドレークはインディーズラッパーとしては初となる、BETアウォードに「Replacement Girl」のPVが取り上げられると、続くTV番組の「New Joint of the Day(ニュージョイントオブザデイ)」でも注目を集める。番組内では、Lil Wayne(リル・ウェイン)と共演を果たし、Brisco(ブリスコ)とFlo Rida(フロリダ)の楽曲「Man of the Year(マン・オブ・ザ・イヤー)」を披露する。2008年、Lil Wayneは、Rap-A-Lot(ラップ・ア・ロット)レコードの創設者J.Prince(J.プリンス)の息子であるJas Prince(ジャス・プリンス)からドレークの楽曲を渡されたことがきっかけで、すぐにドレークをヒューストンに招待すると、ツアーに帯同するように依頼。ドレークとウェインは、この時、「Ransome(ロンサム)」や「I Want This Foever(アイ・ウォン・ディス・フォーエバー)」、ドレークの楽曲をリミックスした「Brand New(ブランニュー)」といった何曲かのレコーディングを行った。ウェインのクルーメンバーのひとりとして認められながらも、ドレークがここで契約を結ぶことはなかった。2009年、2月13日、ドレークは3枚目となる自主制作レコードの「So Far Gone(ソー・ファー・ゴーン」を自身のホームページから無料ダウンロードとしてリリース。 師匠にもあたるLil Wayneや、Bun B(バン・B)、 Omarion(オマリオン)、 Lloyd and his friend(ロイド・アンド・ヒズフレンド), Trey Songzとの共演を果たし、このレコードは、リリース2時間で2000ダウンロードを達成した。 自主制作のダウンロードとしてはこの記録は驚異的で、徐々にこのレコードはラジオでもかかるようになる。シングル(「Best I Ever Had(ベスト・アイ・エバー・ハド)」、「Successful(サクセスフル」)のヒットを受けて、ダウンロード版のレコードは、自主制作レコードの6曲に新たに1曲が加えられ、EPアルバムとして新たに発売されることが決定された。MTVはこの自主制作レコードを評して「2009年度(現在)最もクールな自主制作テープ」として紹介した。このEPアルバム「So Far Gone」以降、ドレークは、Rihanna, DJ Khaled(DJ カレッド)、Young Money(ヤング・マニー) Jay-Z、 Kanye West(カニエ・ウエスト)、 Eminem(エミネム)、 Young Jeezy(ヤング・ジェズィー), Mary J. Blige(メアリー・J・ブライジ), Timbaland(ティンバランド), Birdman(バードマン)、Trey Songz、Jamie Foxxといった面々との仕事を行っており、作曲家としては、Alicia KeysやDr. Dre(Dr.ドレ)といったアーティストに曲を提供している。アルバム「So Far Gone」は、それまでに発表した2作品よりも、商業的にも、音楽的にも高い評価を獲得し、アーティストとしての彼の名を一躍有名にした。

 

大手レコード会社との契約を行う前に、成功を手にしたドレークのマネジメントは、Hip Hop Since 1978(ヒップホップ・スィンス1978)が担当していた。 2009年6月、iTunes上でドレークの名前で「The Girls Love Drake(ザ・ガールズ・ラブ・ドレーク」というアルバムが違法に売り出されることが発覚、このアルバム発売を目論んだレーベルを相手取った訴訟が計画された。 2009年7月、全米ビルボードシングルチャートに、シングル「Best Ever I Had」と「Every Girl」が登場(版権は、Young Money Entertainment。2009年6月に同レーベルと契約を結んだことが以後明らかとなる。)、それぞれ3位と10位を獲得。トップ10に同時に2曲がランクインした史上2人目のアーティスとなった。

ドレークは、他のラッパーと共にウェインのAmerica’s Most Wanted(アメリカズ・モスト・ウォンテッド)ツアーに帯同。ツアー中の2009年7月、ニュージャージー州のカムデンの会場で「Best I Ever Had」のパフォーマンス中に、ステージ上から落下し、膝を負傷した。引き裂かれた前十字靭帯の外科手術を2009年9月に行い、リハビリに励んだ後は、すぐに回復し歩行も可能となった。 2009年9月15日、「So Far Gone」が収録曲を7曲に増やし、再度リリースされる。このアルバムは、登場週に全米ビルボードアルバムチャート第6位を獲得。以降、50万コピーの売上を達成したとして、全米レコード協会(RIAA)によりゴールドディスク認定を受けている。2010年4月には、ジュノ・アウォードで2010年度ベストラップアルバム賞を獲得している。

 

2010–11: Thank Me Later

当初、ドレークは2008年下旬に自身初の公式デビューアルバム「Thank Me Later」の発売を予定していたが、実際は2010年の3月、2010年の5月25日と二度発売日が変更された。最終的に発売元のUniversal Motown(ユニバーザル・モータウン)が発売日を三週間 早め、2010年5月15日にアルバムのリリースが決定された。発売日当日は、25000人ものファンがドレークと(ハンソン)のフリーライブを一目見ようと、NYのサウスストリートシーポートに集結した。キャパシティを遥かに超えるファンの集結で、収集が付けられなくなった地元警察は、このイベントの中止を要請、ライブはキャンセルされた。アルバムは、登場第1週で44万7千万部の売上を達成し、全米ビルボードアルバムチャートの1位を獲得した。これはヒップホップアーティストとしては、2010年度における週間売上暫定最高額となった。(しかし、Eminemが翌週にこの記録を追い抜いている。) アルバムは、Kanye West、 Jay-Z、 Lil Wayneといったアーティストとのコラボレーションや、 Trey SongzやDanny!(ダニー!)といったアーティストとのデュエット曲が収録されている。

2010年3月9日には、アルバムリリースに先駆けて、アルバムからシングルカットされた 「Over(オーバー)」を発売。音楽的にも商業的にも、高い評価を獲得し、全米ビルボードシングルチャートではピーク時で14位、ラップソング部門では首位を獲得した。同シングルは、第53回グラミー賞において、ベストソロラップパフォーマンス部門でのノミネートを受けている。続く3月12日には、K’naan(ケイナーン)の「Wavin’ Flag(ウェイビン・フラッグ)」が、カナダ出身の若手アーティストを集めたバージョンがハイチ復興支援曲として収録され、リリースされる。ドレークはこの中で、メインボーカルとしてフィーチャーされ、曲の終盤ではソロのパートを任されている。4月29日、ドレークは、アルバム「Thank Me Later」の制作作業を全て終えたことを発表。これは、カンザスシティー・ミズーリ大学で行われたライブ中にファンの前で発信されたもので、アルバムの完成と、次回リリースされるシングルカットされた曲のタイトルが「Find Your Love(ファインド・ユア・ラブ)」であることが同時に発表されている。

 

2ndシングル「Find Your Love」は2010年5月にリリースされた。批評家は曲中のメロディーラインをKanye Westの「808s & Heartbreak(808s &ハートブレイク)」と比較し、これを評価した。このシングルは、アルバム「Thank Me Later」の中で一番のヒットを記録し、ビルボードチャートでピーク時第5位、全米レコード協会からもプラチナディスクの認定を獲得している。 「Find Your Love」は北米以外でもヒットを記録し、UKとイタリアのチャートでも 自身初となるトップ40入りを果たし、母国カナダでもトップ10に食い込んだ。このシングルのPV撮影はジャマイカのキングストンで行われ、ドレークがマフィアの情婦である女性との運命的な出逢いを果たす、というストーリーが撮影された。これに対し、ジャマイカの観光大臣エドムンド・バルトレットは、「このPVの中で表現された、銃などに纏わるジャマイカの印象が、強調されすぎているきらいがあることについて反論せねばいけないでしょう。このPVは、ジャマイカにマイナスイメージを与えてしまう出来になっている」とのコメントを発表している。

Lil Wayneをフィーチャーした3rdシングルの「Miss Me(ミス・ミー)」は2010年の6月1日にリリースされ、ビルボードチャート15位を獲得するなど、まずまずの評価を受けた。アルバムからのシングルカットとしては最後の曲となる「Fancy(ファンシー)」は、2010年のMTVミュージックビデオアウォード内で、Swizz Beatz(スウィズ・ビーツ)、Mary J. Bligeといったアーティストを迎えて披露された。「Fancy」はビルボードチャートで25位となるなど、同時期に発売されたシングルの中では、(チャート順位で考えると)最も低いヒット曲となったが、ビルボードのラップソング部門では第1位を獲得し、第53回グラミー賞の中でもベストラップソング(デュオ・グループ)パフォーマンス部門でのノミネートを果たしている。 ドレークはこの年、自身初となるイベントOVO (October’s Very Own) フェスティバルの司会も務め、フェスティバルの中で、Jay-Z, Eminem, Rick Ross(リック・ロス)、 Young Jeezy,、Bun B、Fabolous(ファボラス)といったアーティストたちと共に、ラップ界のVIPスターとしての認定を受けている。ドレークは2010年9月20日に、フロリダのアイアミを皮切りにLights Dreams and Nightmares(ライツドリーム・アンド・ナイトメアーズ)ツアーに出発。ツアーは全米の主要都市を全て網羅し、11月6日にL.A.で締めくくられている。

 

2011–12: Take Care

ドレークの2ndアルバムである「Take Care(テイク・ケア)」は2010年11月にその発売が発表された。当初、2011年の10月に発売される予定だった同アルバムは、実際の発売は11月に延期された。シングルの「Dreams Money Can Buy(ドリームズ・マニー・キャン・バイ)」と「Marvins Room(マーヴィンズ・ルーム)」は、ドレークのブログの中で前者が5月20日に、後者が6月9日にそれぞれ発表された。 「Dreams Money Can Buy」は、ダウンロードのみで公式なトラックリストには加えられなかったが、「Marvins Room」はUrban radio(アーバンレディオ)での繰り返しリクエストを獲得したことを受け、7月22日にiTunesでもプロモーションシングルとしてリリースされた。同シングルは、RIAAからゴールドディスクの認定を受け、ビルボードシングルチャートでは21位を、R&B/HipHop部門では首位を獲得した。6月28日にはPVも発表され、クラブの中で憂鬱そうに佇む姿が撮影された。

 

「Headlines(ヘッドラインズ)」はアルバム「Take Care」のリードシングルとして2011年の8月にリリースされた。音楽的にも、商業的にも好評価をうけた同シングルは、ビルボードチャート13位を獲得、アメリカとカナダでプラチナレコードの認定を受けた。同曲は、ビルボードラップ部門で自身10曲目となる首位を獲得。これにより、ドレークはラップ部門での首位獲得数最多を誇るアーティストとなった。2014年現在、12曲の首位記録を持つドレークは、未だにこの部門の最多首位記録を維持している。「Headlines」のPV撮影は、トロント内の様々な場所で行われ、ギルドパークやロジャースセンターといった観光地でラップを行うドレークの姿が収録されている。「Headlines」は2012年1月には、母国カナダで開催されたNHLオールスターゲームのハーフタイムショーでも披露された。

 

アルバムからシングルカットされた2曲目の楽曲「Make Me Proud(メイク・ミー・プラウド)」は、トリニダードトバコ出身のラッパーNicki Minaj(ニッキ―・ミナージュ)をフィーチャーして2011年の10月にリリースされた。このシングルは、商業的な成功を収め、ビルボードチャートでピーク9位を獲得。男性アーティストとしては、史上タイとなる、ビックランクアップ記録を樹立した。(登場97位から9位へ、88位ランクアップを果たす。)同曲は、ラップ部門とR&B/Hip-Hop部門でそれぞれ首位を獲得。ドレークにとっては、ラップ部門で8曲目の、R&B/Hip-Hop部門では11曲目となるNo.1ソングとなると同時に、RIAAからプラチナレコードを受けた4枚目のシングルとなった。

 

「The Motto(ザ・モットー)」は、2011年11月にアルバムのシングルカット楽曲として3番目にリリース される。同曲はLil Wayneをフィーチャーして制作され、シングルとしては最も売上を獲得した 楽曲のひとつである。シングルチャートで最高14位、ラップ部門、R&B/Hip-Hop部門でそれぞれ首位を獲得した。これにより、ラップアーティストとしては、Jay-Zがそれまで持っていたR&B/Hip-Hop部門での最多首位記録を塗りかえた。このシングルのヒットで、曲中歌われたフレーズ「You only live once: that’s the motto, nigga, YOLO.(人生一度しかない、それがモットー、YOLO)」から、YOLOの略語が全米で大流行した。 PVは2012年の2月にリリースされ、Young Money、Tyga(ティガ)、E-40、 Mistah F.A.B.(ミスタF.A.B)といった親交のあるラッパーが出演している。

 

2012年に発表された、アルバムのシングルカット4枚目となる「Take Care」は、バルバドス出身アーティストRihannaを迎えて制作された。このシングルはドレークにとって世界的に最もヒットした楽曲となり、オーストラリア、デンマーク、ニュージーランド、UKチャートのそれぞれで初めてTop10入りを果たした。シングルは、200万枚の売上達成で「The Motto」以降2枚目のダブルプラチナを達成した。楽曲のPVは、何度も延期された後最終的に2012年の4月6日にリリースされ、これは5枚目のシングル「HYFR」と同時に行われた。 「Take Care」はドレークとRihannaが自然の風景の中で何度も抱き合うシーンが撮影された。PVは批評家から高い評価を受け、MTVは、「同世代のアーティストでは、誰にもできない―例え、それが評価に屈しないKanye Westでも―PVに仕上がっていると思う。誰も、この内容のPVをうまくやりおおせるアーティストは彼しかいない」というコメントを出している。PVは2012年度のMTVミュージックアウォードにおいてベストメールビデオ、ベストアートディレクション、最優秀撮影賞、ビデオオブザイヤーの4部門でノミネートを受けている。アルバム「Take Care」からの5枚目のシングル「HYFR」は2012年4月24日にリリースされた。アルバムからシングルカットされた楽曲の中で、最も低い売上を達成したこのシングルは、ピーク時でも、チャート62位が最高だった。しかし、この楽曲でも50万枚の売上を記録し、RIAAよりゴールドディスク認定を受けている。ユダヤ信仰をテーマにしたこの曲のPVは、MTVミュージックアウォードの中で、ベストHip-Hopビデオ賞を獲得。2012年には、ケーブルテレビのFUSE TVが、2012年のベスト40曲の中のひとつとして、この「HYFR」を挙げている。

 

2012–13: OVO Sound and Nothing Was the Same

ドレークとプロデューサーのNoah “40” Shebib(ノア・40・シェビブ)は、2010年上旬にOVO Sound(OVO サウンド)という名前で独自のレーベルを立ち上げる。ドレークと40は、自主制作テープのリリースを行うまでこのレーベルを経営。現在はワーナー・ブラザーズレコードによって運営が行われている。OVOは、レーベル初となるアーティスト契約をPartyNextDoor(パーティー・ネクスト・ドア)と結び、Boi-1da(ボーイ・ワンダー)、T-Minus(T-マイナス)、Mike Zombie(マイク・ゾンビー)といったプロデューサー陣を迎え入れている。

 

アルバム「Take Care」のプロモーションのため各地をツアーで訪れていたドレークは滞在先のイギリスで3rdアルバムの制作を開始したことをインタビュアーに明かしている。ドレークはそれまで、40とタッグを組んで仕事をしてきたが、次回作のアルバムでは、「Take Care」のタイトルトラックの英国出身プロデューサーであるJamie xx(ジェイミー・xx)の存在感を「より増したレコードになるようにしたいと思っているよ」と述べ、「Take Care」とは異なるスタイルのアルバムにしていきたいという意気込みを語っている。

 

ドレークはRick Ross(リック・ロス)のシングル「Diced Pineapples(ダイスド・パイナップル)」(アルバム「God Forgives, I Don’t(ゴッド・フォーギブズ、アイドント)」収録)、ケンドリック・ラマーの「Poetic Justice(ポエティック・ジャスティス)」(アルバム「Good Kid , M.A.A.D City(グッドキッド、マッドシティ)」収録)、ASAP Rocky(ASAPロッキー)の 「Fuckin’ Problems(ファッキン・プロブレムズ)」(アルバム「Long. Live. ASAP(ロングリブ・ASAP」収録, Kendrick Lamar、2 Chainz(2チェインズ)との共演)等の楽曲でフィーチャーされる。2012年12月5日、ドレークのレーベルであるOVOは、ワーナーブラザーズの傘下として今後運営が行われることが発表された。

 

2013年1月、Director X(ディレクター)によって撮影された新たなシングル「Started from the Bottom( スターテッド・フロム・ザ・ボトム)」のPVが作成される。この曲は第55回グラミー賞の夜に、次回作のアルバムからのシングルカット楽曲として発売されることを明らかにされた。2013年2月1日、シングルは発売日を迎え、5日後にはiTunesでの配信が開始された。第55回グラミー賞では、ドレークはアルバム「Take Care」でベストラップアルバム賞を見事受賞。また、次回作のアルバムタイトルが「Nothing Was the Same」になることが発表された。3月には、アルバムの収録曲とは別に、「5AM in Toronto」を作成。この曲は「Thank Me Later」収録の「9AM in Dallas」と連動した造りになっている。この月の後半には、この曲のPVも撮影され、これは翌4月1日に発表されている。続く4月15日には「No New Friends」(DJ Khaledのアルバム「Suffering from Success(サファリング・フロム・サクセス)」に収録される予定)と、Destiny’s Child (デスティニーズ・チャイルド)の「Say My Name(セイ・マイ・ネーム)」をサンプリングして制作された「Girls Love Beyoncé(ガールズ・ラブ・ビヨンセ)」の2曲がリリースされた。2013年の9月14日、次回作「Nothing Was the Same(ナッシング・ワズ・ザ・セイム)」収録予定曲でリリースを未だされていない「Too Much(トゥー・マッチ)」が、ロンドン出身の歌手Sampha(サンファ)をフィーチャーして、NBCのトーク番組「Late Night with Jimmy Fallon(レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン)」の中で披露された。この中で、2013年10月から、Would You like a Tour?(ウッジューライカツアー?)ツアーが開幕することも発表された。2014年の1月には、サタデーナイトライブの司会に抜擢され、ミュージカルコントにゲストとして出演を果たしている。この回は批評家からドレークの演技力やコメディアンとしての能力に対し高い評価を受けた。

アルバム「Nothing Was the Same」は2014年度のPolaris Music Prize(ポラリス・ミュージック・プライズ)にもノミネートされている。

 

2014: Views From The 6

2014年7月、ドレークは4thアルバムのタイトルが「Views From The6(ビュー・フロム・ザ・シックス)」になることを明らかにしたが、実際のレコーディングには至っていない。

 

オフィシャルホームページ(英語):http://www.drakeofficial.com/biography

 

■ALBUM■

So Far Gone (2009)
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Thank Me Later (2010)
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Take Care (2011)
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Nothing Was the Same (2013)
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