KANYE WEST

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Kanye West(カニエ・ウェスト)
本名: Kanye Omari West(カニエ・オマリウェスト)
生年月日:(1977年6月8日生まれ)
アメリカ出身のラッパー兼シンガーソングライター、音楽プロデューサー、映画監督、実業家、ファッションデザイナー。Roc-A-Fella RecordsのプロデューサーとしてJay-ZのアルバムThe Blueprint(2001)に関わったことで一躍脚光を浴び、Alicia Keys、Ludacris、Janet Jacksonといった有名アーティストを含む数々のシングルヒットの立役者となる。ソウルミュージックを音源とするハイピッチのボーカルサンプルとドラムやその他楽器演奏をミックスするスタイルが特徴。彼は、自身の楽曲制作において1970年代のR&Bから始まり、バロックポップ、トリップポップ、オルタナティブロック、フォーク、エレクトロニカ、シンセポップ、インダストリアル、クラシックに至るまで幅広い分野の音楽からの影響を受けていることを明かしている。

イリノイ州シカゴの中流階級で育ったウエストは、8~9歳頃からラップをはじめ、ヒップホップシーンにのめりこんでいく。90年代後半には、美大に入学するものの、ほぼ実際に通うことなく本格的な音楽キャリアをスタートした。

ウエスト自身はラッパーになることを目指していたが、レコード会社の上層部はラッパーとしてではなく、むしろ音楽プロデューサーとしての彼を重要視していた。
2002年にRoc-A-Fellaレコードと契約を結ぶと、2004年にデビューアルバムであるThe College Dropoutをリリース、批評家からも高い評価を獲得する。続く2005年にはバロック音楽にインスパイヤーされたLate Registration、2007年にGraduationを発表。2008年には808’s & Heartbreakでラッパーではなく、シンガーとしての才能も披露する。2010年には、My Beautiful Dark Twisted Fantasyを発表し、各界から大絶賛を受ける。様々なアーティストとのコラボレーションを経て、2013年には6枚目となるアルバムYeezusをリリースした。

ウエストは、音楽史上最多セールスを誇るアーティストのひとりであり、累計2,000万枚以上のアルバムセールス、デジタル媒体では6,600万ダウンロード以上の記録を持つ。現在までで、21ものグラミー賞を獲得、音楽史上最も受賞記録のあるアーティストであり、これは同世代アーティストの中では最多の受賞数である。Time誌が選ぶ、「世界で最も影響のある100人」、Forbes誌の発表する年間長者番付の中にも名前が挙げられている。2012年には、Rolling Stone誌の選ぶ「音楽史上に残るアルバムベスト500」の中で、3枚のアルバムがランクインした。

中流階級家庭出身のバックボーンを持つ、ウエストの楽曲スタイルは、それまでヒップホップ界を占めていた「ギャングスタスタイル」から一線を画すものであり、彼の登場によって(それまでのラップ音楽に比べ)よりスタイリッシュなスタイルがジャンルとして確立した。率直な言動で、しばしば批判の対象になるセレブリティのひとりであり、特に音楽祭における言動が、大きな騒動になるケースが多い。ファッションに関するこだわりもまた、メディアの注目を集めるひとつの要因になっており、ファッションアイコンとして他のアーティストから一目置かれる存在である。レコードレーベルのGood Musicの経営を行い、ショートフィルムの映画監督としての一面も持つ。

Music career

1996–2002: 初期のキャリア

Kanye Westは90年代半ばには音楽活動を始め、主に地元の注目アーティストにビートを提供、次第に、回転数の上げたソウルレコードのボーカルサンプルを使うスタイルを確立していく。彼の正式な楽曲制作は19歳の時で、シカゴ出身ラッパーのGrav の96年のデビューアルバムDown to Earthの中で、8曲を担当した。この時、ウエストはDeric “D-Dot” Angelettieのゴーストライターとして仕事を行った。D-Dotと影武者として働く間、自分の名義でソロアルバムをリリースできなかったウエストは、Go-Gettersというラップグループを90年末に結成。GLC、Timmy G、Really Doe、Arrowstarといったアーティストと共にメンバーとして活動する傍ら、プロデューサーとしても活動を行う。 Go-Gettersは John “Monopoly” Johnson, Don Crowley, Happy Lewisといったマネージャーが中心となって、マネージ会社 Hustle Periodの下活動を行った。プロモーションやいくつかのラジオ出演を経て、99年に最初で最後のアルバムとなる World Record Holdersをリリースする。このアルバムはシカゴを拠点とするRhymefest、Mikkey Halsted、Miss Criss、Shayla G といったアーティストがフィーチャーされる一方で、楽曲作成はウエスト、 Arrowstar、Boogz、Brian “All Day” Millerが中心となって行われた。

90年代後半に入ると、Foxy Brownの3rdアルバムであるChyna Dollのプロデュースを手がけるなど、著名アーティストやグループに楽曲を提供するようになる。Chyna Dollは女性ラッパーとしては初めて、発売一週目にして全米ビルボードチャートの1位を獲得する。

2000年に入り、Roc-A-Fellaレコードでプロデュースを行うようになったウエストは最初のブレイクを経験する。2001年、ウエストがプロデューサーとして関わったJay-ZのアルバムThe Blueprintのラップのモノローグが大きな反響を呼んだのだ。The Blueprintは発売以来、ヒップホップアルバムとして、音楽史上最も優れた作品のひとつとして高い評価を受け、大きなセールスを記録。このアルバムの成功により、ウエストはプロデューサーとして一躍脚光を集める。レーベル専属のプロデューサーとして、同レーベルのアーティストのアルバム制作に関わると同時に、Ludacris、Alicia Keys、Janet Jacksonといった有名アーティストのシングルも手掛けた。

プロデューサーとしての成功を収める一方で、ウエストの本来の志望は、ラッパーになることであった。プロデュースを行うようになる以前から、ラップのスキルを磨いてきたウエストではあったが、アーティストとしてセールスを記録できるかというのはまた違った意味での挑戦であった。特に、その当時主流であったギャングスタスタイルを持ち合わせていなかったため、多くのレコード会社は彼をアーティストとして取り合おうとしなかった。Capital Recordsとの間で契約交渉が持たれるものの、最終的に両者の間で契約が結ばれることはなかった。Capital RecordのA&RであるJoe Weinbergerによれば、当時彼はウエストと合意寸前で空中分解したと語っているが、別の人間は当時レコード会社の会長は契約には反対だったと告白している。

このままでは、ウエストがレーベルを離れてしまうことを恐れた当時のRoc-A-Fella Records社長Damon Dashは、しぶしぶウエストをラッパーとしても契約を行う。
これについてJay-Zはのちに、レーベルが契約後もウエストをラッパーとして売り出すことに難色を示し、何よりもまずプロデューサーとしての彼を重視した結果、それが逆にアーティストとしても彼の人脈を広げることに繋がっていったと振り返っている。

ウエストの転機は、2002年の後半に訪れる。2002年の10月23日の深夜、スタジオからカリフォルニアの自宅に車で帰る途中、居眠り運転が原因で事故を起こし、致命的な重症を負ったのだ。この事故で、ウエストは顎骨を複雑骨折し、修復のため幾度も外科手術が必要になった。しかし、この事故の体験に触発されたウエストは、2週間の入院期間が明けるとすぐに、顎にはまだワイヤーが入っている状態ながら、スタジオで楽曲制作を行った。この時作られた Through The Wire(ワイヤーに貫かれての意)は、事故後の経験を率直につづった曲になっている。この曲の売り上げは、彼のデビューアルバム制作のための費用として大きな役割を果たした。ウエスト自身はこの経験について、「良いアーティストというのは、おそらく自分の経験をきちんと表現できる人間のことを言うのだと思う」と語っている。 アルバムの作成は、怪我には何よりの薬になったと語るウエストは、楽曲制作の刺激が激痛をしばしの間忘れさせてくれたとしている。”Through The Wire”は、2002年の12月にリリースされた。

2003–04: The College Dropout

ヴィトンのバックに昔のレコードやデモテープで詰めこみ、スタジオと自宅を往復する生活を続けながら、ウエストはデビューアルバムのため楽曲を作り上げていった。事故後の入院生活から復活すると、その後はロサンジェルスのスタジオで残りのレコーディングを続けた。しかし、アルバムの制作が全て完了した際、リリース日の何か月も前であるにも関わらず、アルバムのデータが流失。ウエストはこれを逆手にとって、もう一度アルバムを見直し、リリース前に全楽曲のリマスター、リミックス、編曲を行う。この結果、オリジナルバージョンではカットされたいくつかの楽曲が改訂を加えられた。ウエストは細心の注意を払ってアルバムの改編を行い、ストリングスや、ゴスペルコーラスを加え、ドラムのプログラミングを変更、新たなベースサウンドを加えていった。ウエストの妥協しないプロ精神が、当初2003年夏に発売される予定だったデビューアルバムThe College Dropoutの発売日を3度変更させる結果となった。

The College Dropoutは、2004年2月、遂にRoc-A-Fellaレコードから発売される。デビューシングルのThrough the Wireは、全米ビルボードチャート第2位を獲得。5週に渡って、トップ15曲の中で残り続けた。TwistaとJamie FoxxをフィーチャーしたセカンドシングルのSlow Jamzは、デビューシングルを上回り、ヒットチャートの1位を獲得。これは3名のアーティストの楽曲としては初の記録となった。アルバムThe College Dropoutは 世界中の批評家から賞賛を集め、投票で選ぶその年のベストアルバムとして大手音楽雑誌2誌から選出された。ヒップホップアーティストのデビューアルバムとしては、いまだに最高傑作との呼び声が高い。

The College Dropoutのアルバムセールスは全米だけでトリプルプラチナ(300万枚)を達成し、ウエストはAlbum of the Yearを含む10もの部門でグラミー賞にノミネートされ、そのうちBest Rap Album等で受賞を果たした。

このアルバムの中で、楽曲の中でソウルレコードのサンプルを使う、というウエスト独自の手法が高く評価される。しかし、この部分が評価の的となったことで、サンプルをコピーされたり、他のアーティストがあまりに同じ手法を取り入れたりするようになったため、ウエストこの手法に依存しすぎてはいけない、他のサウンドや手法を取り入れるようにならなくてはと考えるようになる。

2005–06: Late Registration

ウエストは200万ドルもの資金を投入してセカンドアルバムを制作する。イギリスのトリップホップグループPortisheadが98年にNYフィルハーモニーと制作したライブアルバムRoseland NYC Liveにインスパイアされたウエストは、弦楽器のアレンジをヒップホップの楽曲に取り入れる試みを始める。デビューアルバムでは、資金面の問題で生の音源を取り入れることのできなかったウエストだが、1作目の商業的な成功によって2作目のLate Registratio制作時にはオーケストラストリングスを専属で使うことが可能となった。
映画音楽の作曲家として知られるJon Brionとのコラボレーションを実現させたウエストは、このアルバムのいくつかの楽曲で彼をエグゼクティブプロデューサーとしてともに楽曲制作にあたっている。Jon Brionはそれ以前、ヒップホップアルバムの制作に関わったことはなかったものの、ウエストは彼の持つ知識の深さや、視野が特定のジャンルに限ったものでないことを見抜き、ヒップホップアルバムの共作に適した相手であると確信を持った。Late Registration のアルバムセールスは全米だけで230万枚を記録、CDセールスの減少に嘆く音楽界の中、2005年秋季に発売されたもの中では唯一、商業的に成功したアルバムとなった。

2007–08: Graduation

2005-2006年に行われたU2のワールドツアーVertigo Tourに参加し、これにインスパイアされたウエストは、大規模のアリーナをより効果的に盛り上げるため、より定番のラップ音楽を作成しようと考える。このツアーが終ると、シンセサイザーを活用し、スローテンポで、エレクトロニクスと80年代の音楽の要素を取り入れた楽曲を実験的に作り上げる。U2に加えて、Rolling StonesやLed Zeppelinといったアリーナ規模のロックバンドからのコード進行やメロディといった面で影響を受ける。ウエストは教育や人種偏見といった点をテーマに3作目のアルバムを制作、Bob DylanやJohnny Cashといったカントリーソングを聞き込み、シンガーソングライターとしても技術向上を図った。

ウエストの3作目となるGraduationは発売日が決定になると、50CentのアルバムCurtisとの直接対決ということで大々的にメディアで取り上げられる。2007年9月にこのアルバムの販売がスタートすると、GraduationはCurtisを遥かに凌ぐ売上を記録。初登場でビルボードチャート第1位を獲得し、発売第一週目にして95万7千部の売り上げを果たした。 Graduationは、商業的にも音楽的な評価の面でも大きな成功を収め、アルバムのリードシングルであるStrongerはウエストにとっては三度目となる シングルチャートの第1位を獲得。Strongerはフランスのハウスデュオ Daft Punkを迎えて制作されたが、この成功で、他のヒップホップアーティストにハウスやエレクトロニカの要素を楽曲に加える選択肢を与えただけでなく、2000年代後半のクラブシーンにおけるディスコミュージックの復活やエレクトロニクス の演奏という影響を生み出した。

2008–09: 808s & Heartbreak

2007年11月、ウエストの母Dondaが美容外科手術が要因で亡くなったことで、彼の生活は別の一面を見せるようになる。母の死後、ウエストは婚約者のAlexis Phiferと2002年から始まった長い関係を解消。この一連の出来事で精神的に大きな影響を受けたウエストは2008年に入るとすぐにGlow in the Darkツアーに出発。ラップではこの気持ちを表現できないと感じたウエストは、口ずさんだメロディをオートチューンで加工する試みを始める。この時に作ったメロディが次の曲の主軸となっていく。ウエストは2008年のMTV Music Awardsの中で4thアルバム808s & Heartbreakのリリースを発表。この時実際の観客の前で、アルバムのリードシングルとなるLove Lockdownを披露した。観客はウエストの独特な楽曲スタイルとオートチューンの手法に感嘆し、この反応が、アルバムセールスの未来を予言するかたちとなった。

808s & Heartbreakは,愛や孤独、せつなさなどをテーマにリズムコンポーザーの Roland TR-808を広範囲に使って表現したアルバムで、2008年の11月、サンクスギビングの週末に発売された。批評家からは概ね好意的な反応が示されたが、他の作品に比べるとやや評価の分かれる結果となった。しかし、各音楽チャートでは非常に素晴らしい結果を残し、リードシングルのLove Lockdownはビルボード初登場第3位を獲得、Heartlessが第4位を獲得し、2曲共に “Hot Shot Debut(初登場スマッシュヒット)”の称号を与えられた。2012年, Rolling Stone誌のジャーナリストである Matthew Trammellは紙面で、「808s & Heartbreakは、カニエ・ウエストというアーティストの最も繊細で脆弱な部分と、天賦の才能の両方をわれわれに示したアルバムなのかもしれない」と 語っている。

つづく2009年、MTV Video Music Awardsに出席したウエストの発言が大きな反響を巻き起こし、音楽業界全体の中で、彼に対する怒りが広く渦巻く結果となった。授賞式の最中、ステージを破壊し、マイクを握ったウエストは、Taylor SwiftのPVが受賞したことを不服とし、同賞にノミネートしていたBeyoncéのSingle Ladies (Put a Ring on It)が受賞するに値する素晴らしい作品だと宣言した。この行動によって、ウエストは残りの授賞式を辞去せざるをえなくなり、この後Lady Gagaと予定されていたツアーがキャンセルとなった。
第52回Grammy Awardsの中で、808s & Heartbreakがほとんどノミネートの対象にならなかったことも、この行動が原因とみられている。

2010–12: My Beautiful Dark Twisted Fantasy and collaborations

ウエストは2011年に入ると、Jay-Z のWatch the Throne Tourに参加。 MTV Awradsでの出来事がきっかけで、音楽業界での活動を一時的にストップしたウエストは、しばしの間ファッションの仕事に重きを置くようになる。その活動の合間を縫ってハワイでレコーディングが行われたこのアルバムには、近しい間柄であるJay-Z, Kid Cudi and Pusha Tを含む様々なアーティストが参加。フォークバンドBon IverのフロントマンであるJustin Vernon.といった音楽のジャンルを超えたアーティストとのコラボレーションも実現した。

こうして生まれた5作目のアルバムMy Beautiful Dark Twisted Fantasyは、2010年の11月に発表され、批評家たちの多くがウエストの最高傑作として これを絶賛。音楽界への復帰を確固たるものとした。どちらかというと、ミニマリズムなサウンドを追求してきたこれまでの作品とはまったく対照的に、Dark Fantasyはマキシマリズムを伺わせ、派手できらびやかな面が前面に押し出されている。アルバムは、世界的なヒットを記録したAll of the Lights、 全米ビルボードチャートで上位を占めたPower, Monster, Runawayといったシングルカットを収録。これらの楽曲には、楽曲の世界観を表す同名の35分のショートフィルムが共に制作された。
アルバムリリース前には、ウエストは自身のウェブサイトでフリーダウンロードイベントのG.O.O.D. Fridays を実施。毎週金曜日に、リリース前の楽曲を一曲ずつ公開し、ファンがこれをダウンロードが出来るようにした。Dark Fantasyは全米だけで100万枚の売り上げを達成。しかし、第54回グラミー賞において、Album of the Yearのノミネートに至らなかったことは、複数のメディアから「論外だ」と報じられた。

2013–present: Yeezus and upcoming seventh studio album

ウエストの第6作目となるアルバムYeezusは2013年6月18日に発売されると、批評家たちはまたしてもこれを絶賛。6作目も発売一週目に、ヒットチャートの一位を独占した。2013年9月、ウエストはアルバムYeezusを引き下げて、自身名義では初となるソロツアーの敢行を発表。アメリカ出身のラッパーKendrick Lamarがこれに帯同した。
2013年11月には次回作のアルバム制作を発表。7作目となるアルバムは2014年の中頃に発売される予定であることを明かした。このアルバムにはプロデューサーとしてRick RubinとQ-Tipを迎えて制作が続けられている。2014年4月には、次回作のシングルタイトルがI Wonであると明かしている。

オフィシャルホームページ(英語):http://www.kanyewest.com/

 

■ALBUM■

The College Dropout(2004)
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Late Registration(2005)
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Graduation(2007)
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808s & Heartbreak(2008)
808s-And-Heartbreak-Lyrics

My Beautiful Dark Twisted Fantasy(2010)
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Watch the Throne(2011)
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Yeezus(2013)
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