JAY-Z

Jay-Z

Jay Z(ジェイ・Z)
本名:Shawn Corey Carter
生年月日:1969年12月4日(44歳)
ニューヨーク・ブルックリン出身、アメリカで最も成功したヒップホップアーティストの1人であり、プロデューサー&企業家。これまでにトータル7,500万枚以上のアルバムの売り上げを誇り、グラミー賞を17回受賞。2006年のMTVによるThe Greatest MCs of All-Timeでナンバーワンに選ばれ、『Rolling Stone』誌の2003年の特別号「The 500 Greatest Albums of All Time」には『Reasonable Doubt』、『The Blueprint』、『The Black Album』の3枚が選出されている。ビルボード200チャートでソロアーティストとして最高の13枚のアルバムが1位になっており、ビルボード・ホット100でも4枚のシングルがナンバーワンに輝いている。
企業家としてもスポーツクラブからスポーツエージェンシー、ストリートウエア、レコードレーベルなど幅広く経営し、成功している。2008年にR&BシンガーのBeyonce(ビヨンセ)と結婚。

Early Life
ブルックリンにある低所得者層向けの公営住宅で生まれ育ち、ティーンの頃にはクラックやコカインといった麻薬を売って一家の生活を支えていた。
子どもの頃夜中にドラムの真似事をして遊んでいたことから、ある誕生日に母親がブームボックス(ラジカセ)を買い与えたことで本格的に音楽に興味を持ち始め、この頃から曲を作ったり、フリースタイルを始めたりする。
近所でJazzy(ジャジー)というニックネームがつけられていたことから、それが変形してJay-Zとなる。
2013年にはそれまであった‐(ハイフン)をとってJay Zと名前を変えている。

Early career
師匠としていたJaz-O(ジャズ・オー)の1980年代後半、1990年代始めの曲のいくつかに参加。1990年代にはLL Cool J(LLクールJ)らとのバトルにも何度か参戦している。
1994年のBig Daddy Kane(ビッグ・ダディ・ケーン)のアルバム『Daddy’s Home』の「Show and Prove」に参加したことで注目され、その後Big L(ビッグ・エル)の「Da Graveyard」、Mic Geronimo(マイク・ジェロニモ)の「Time to Build」などに参加。デビューシングル「In My Lifetime」は、友人と車で自ら売り歩いた。

1995–97: Reasonable Doubt and In My Lifetime, Vol. 1
しばらくは友人と一緒に車で自分の曲を売っていたが、1995年にインディペンデントレーベルRoc-A-Fella Records(ロッカフェラ・レコーズ)を設立。1996年にデビューアルバム『Reasonable Doubt』をリリースした。The Notorious B.I.G.らをゲストに、DJ Premier(DJプレミア)とSuper DJ Clark Kent(スーパーDJクラーク・ケント)をプロデューサーに迎えたこの作品はビルボード200で23位を記録、その後プラチナアルバムとなった。
1997年になると、それまでディストリビューションに関してトラブルのあったPriority(プライオリティ)からDef Jam(デフ・ジャム)との契約に移り、セカンドアルバム『In My Lifetime, Vol. 1』をリリース。Puff Daddy(パフ・ダディ)プロデュースによる今作はアメリカでプラチナステータスを獲得。

1998–2000: Vol. 2…
1998年には、当時自身にとっての最大のヒットとなった「Hard Knock Life (Ghetto Anthem)」を収録した3rdアルバム『Vol. 2… Hard Knock Life』をリリース。その他にもJa Rule(ジャ・ルール)、Amil(アミル)をフィーチャーした「Can I Get A…」、「Nigga What, Nigga Who」などを収録。こちらもアメリカ国内だけで500万枚以上を売り上げたプラチナアルバムとなり、また彼のキャリアにおいて最も成功したアルバムとなり、グラミー賞も受賞した。
1999年には4枚目の『Vol. 3… Life and Times of S. Carter』をリリース。UGKをフィーチャーしたヒットシングル「Big Pimpin」などを収録し、再び300万枚以上のヒットとなる。同年12月、同作の海賊版を作ったと噂されるレコード会社幹部のLance Rivera(ランス・リヴィエラ)をナイフで刺したとして自首し、逮捕されるも目撃証言などから無実という判決を受ける。
2000年には5thアルバム『The Dynasty: Roc La Familia』をリリース。このアルバムでThe Neptunes(ネプチューンズ)、Kanye West(カニエ・ウエスト)、Bink(ビンク)らのプロデューサー陣を世に送り出し、いずれもその後ブレイク。それまでよりもソウルフルなサウンドを使用したこのアルバムも、アメリカ国内だけで200万枚以上のヒットとなった。

2001–02: The Blueprint and The Blueprint2
2001年になるとヒップホップ史で最も注目されたNas(ナズ)との確執が始まる。そんな中、アメリカ同時多発テロの日に発売された6thアルバム『The Blueprint』はビルボード200を1位発進し、ダブルプラチナアルバムとなる。メインストリームとハードコアラップの絶妙なバランスを備えたとされる今作はその後ヒップホップを代表するアルバムの1枚として絶賛された。ゲストは「Renegade」に参加したEminem(エミネム)のみ、13曲中4曲をKanye Westがプロデュースを手掛け、Kanyeにとってのメジャーブレイクのきっかけのひとつとなった。
2002年にはダブルアルバムとなった『The Blueprint2: The Gift & the Curse』をリリース。ビルボード200を発売初週1位でデビュー、アメリカ国内で300万枚を売り上げた。このアルバムには「Excuse Me Miss」や後に妻となるBeyonceをフィーチャーした「’03 Bonnie & Clyde」、またロックミュージシャンLenny Kravitz(レニー・クラヴィッツ)が参加した「Guns & Roses」などを収録。

2003–05: The Black Album
2002年3月にはR&BシンガーR. Kelly(R・ケリー)とのコラボレーションアルバム『The Best of Both Worlds』をリリース。
2003年11月にはThe Neptunes 、Kanye West 、Eminem、Timbaland(ティンバランド)、Rick Rubin(リック・ルービン)ほか多くをプロデューサーに迎えた『The Black Album』をリリース。「99 Problems」、「Change Clothes」、「What More Can I Say」などのヒットシングルを収録し300万枚以上を売るヒットとなった。
2004年にはLinkin Park(リンキン・パーク)とのコラボレーションリミックスEP『Collision Course』をリリース。お互いのマッシュアップソングを収録しており、その中で唯一のシングル「Numb/Encore」はグラミー賞のBest Rap/Sung Collaborationを受賞。また、Linkin ParkのMike Shinoda(マイク・シノダ)のサイドプロジェクトであるFort Minor(フォート・マイナー)のデビューアルバム『The Rising Tied』ではエグゼクティブプロデューサーを務めた。同年後半にはDef Jam Records(デフ・ジャム・レコーズ)の会長に就任した。

2005–07: “I Declare War”, Kingdom Come and American Gangster
2005年10月にはニューヨークのラジオ局Power 105.1が主催する音楽フェスPowerhouseでヘッドライナーを務め、長年確執のあったNasとの対立に終わりを宣言、Nasと一緒にステージに立った。
2006年11月にはPharrell(ファレル)、Kanye West、Dr. Dre(ドクター・ドレ―)、またColdplay(コールドプレイ)のフロントマンChris Martin(クリス・マーティン)らをプロデューサーに迎えた9thアルバム『Kingdom Come』をリリース。発売初週に68万枚を売り上げるヒットとなった。
2007年にはRidley Scott(リドリー・スコット)監督による映画『American Gangster』にインスパイアされた同名のコンセプトアルバムをリリース。また2008年1月1日にはDef Jamの会長の座を辞任した。

2008–2011: The Blueprint 3 and Watch the Throne
2008年4月にBeyonceと結婚。またこの年はイギリスのグラストンベリー・フェスティバルを始め、デンマークのロスキルド・フェスティバル、ロンドンのO2 ワイアレス・フェスティバルなど様々な音楽フェスでヘッドライナーを務めた。
2009年にはDef Jamを離れLive Nation(ライブ・ネーション)との契約を結び、レコードレーベル、タレント/マネージメント・エージェンシー、音楽出版会社であるRoc Nation(ロック・ネーション)を新たにスタート。またプロダクションチームStargate(スターゲート)とともにレコードレーベルStarRoc(スターロック)も設立した。11thアルバム『The Blueprint 3』は、アメリカでは2009年9月11日に発売予定だったが、ファンからの期待に応え9月8日に前倒しでリリースすることとなった。今作がビルボード200でナンバーワンになったことにより、同チャートで自身の11枚のアルバムが1位を獲得、ソロアーティストとしてそれまでのElvis Presley(エルヴィス・プレスリー)の記録を更新した。
2011年8月にはKanye WestとのコラボレーションEP『Watch the Throne』をリリース。23か国のiTunesストアで発売初週に1位を記録、オンラインダウンロードストアで1週間に売れたアルバム数がナンバーワンとなり、それまでのColdplayの記録を抜いた。またビルボード200でも1位を獲得している。

2012–present: Magna Carta Holy Grail
2013年7月にはTimbaland、Jerome “J-Roc”Harmon(ジェローム・Jロック・ハーモン)らがプロデュースし、Justin Timberlake(ジャスティン・ティンバーレイク)、Nas、Beyonceなどがゲスト参加した12枚目となるアルバム『Magna Carta Holy Grail』をリリース。Beyonceをフィーチャーした「Tom Ford」、「Part II (On the Run)」などのヒットシングルを収録している。
2014年の第56回グラミー賞では最高となる9つの部門にノミネートされ、オープニングでは妻であるBeyonceのセルフタイトルアルバムに収録されている「Drunk in Love」をともにパフォーマンスし話題となった。

オフィシャルホームページ(英語):http://lifeandtimes.com

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